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文学賞と言うと, 何と言っても 「芥川賞」 と 「直木賞」 とが, その双璧だが, 最近は色々な賞が生まれている.
その中でも 「本屋大賞」 は話題性もあって, 受賞作はベストセラーになったり, 映画化されたりする様になった.
松 たか子が主演して映画化された 『告白』 で第 6 回本屋大賞を受賞した (2009 年) 港 かなえさんは, 受賞インタビューで 「『告白』 が代表作でないようにしたい」 と話しているが, "イヤミス" (読んだ後に嫌な気分になるミステリー) と言うジャンルを確立したとされている.
子供の時から空想好きで, 小中学校の図書室で, 江戸川 乱歩や赤川 次郎の作品に親しんだと言う,
彼女は, 緻密なプロットの支えとして, 徹底した登場人物の性格付けを心掛けており, 「履歴が決まれば, 人物が動いてくれる」 と, 執筆前にはどんな脇役でも履歴書を作っていると言う.
そんな彼女が, 日経夕刊コラム 「プロムナード」 に毎週エッセイを連載している.
なかなかユニークな視点の内容で毎回愛読しているが, 一昨日 (8/12), 表題の一文を載せている. (以下, 引用デス.)
田舎の農家の大家族で育った私は, 都会のサラリーマンの核家族に憧れていました.
この夢だけは絶対に叶えてやると, 強く誓っていたのに, 自分の田舎とは別の田舎に住む長男と結婚してしまいました.
それでも構わないと思える様な大恋愛ではなかったのですが...
人生とはなかなか計画通りには行かないものです.
然し, NO と言えない私が一つだけ, 結婚直後にきっぱりと宣言した事があります.
「同居はしません」
家として完成している旦那さんの実家は, 何年経っても自分の家ではなく, ただ住まわせて貰っている場所にしかならなそうに思えたからです.
結果, 旦那さんの実家から自転車で 10 分の所に家を建て, 10 余年, 良い関係を築けているのではないかと思います.
処が, 先日, 旦那さんのおじいさんの法事がありました.
会った事がないため, 思いを馳せる事もなく, 炎天下, 墓前でお寺さんが読経するのを聞きながら, ぼんやりお墓を眺めていると, ふと, 疑問が生じてきました.
私が死んだら, この先祖墓に入るのか? 信仰心の薄い私は死んだら全部終りだと思っています. 死後の世界など有る筈がない. でも, もしあったら如何しよう.
お墓が一つの家だとしたら, 会った事もない旦那さんのご先祖たちと一緒に住む事になる. 何人入っているのか知らないけれど, 大, 大, 大家族ではないか.
余所者の私はどれだけ気を遣わなければならないんだ. どうにか回避出来ないかと考えました.
死ぬ前に自分の墓を建てておくのはどうだろう. 周囲に空きはないので, 少し離れた所になるけれど, それくらい距離があった方が上手く行く筈だ.
それなら, 個人墓ではなく, 夫婦墓の方がいいかもしれない. そもそも, 墓なんて要るのだろうか.
トンガの海や大好きな南八ヶ岳に散骨.
然し, 残った人に負担を懸けたくはない.
答えが出ないまま, 食事の場に移り, その席で旦那さんのお母さんに訊ねました.
「私が今死んだら, やっぱり, ××家 (湊はペンネームです) のお墓に入らなあかんのやろか」 「しゃあないやろな」
仕方ないと言われては, それまでです.
知っている人が誰もいない訳ではないし, 骨壺が部屋みたいなものだろうし, 年々図太くなっているので, 同居になっても如何にかやって行けるのではないかな, という気もしています.
妻たるもの, 夫の家の墓に入るのは当然ではないか. 死後の同居がイヤだと? このバカものが! と, 長年, 身を粉にして家庭を支えてきたと自負している男性方からお怒りの声が聞こえて来そうな事も重々承知しています.
然し, 実際, 世の奥さま方はお墓の事をどんな風に考えているのでしょう. 特に, そういう方々の奥さまは.